サントリーの社長|新浪剛史(にいなみたけし)の経歴や年収・報酬、歴代社長も紹介!

新浪剛史は慶應義塾大学出身で新卒では三菱商事に就職しました。その後ローソン社長を経てサントリーホールディングスの社長になっており、経歴を見ると華々しく見えますが、その詳細を見ていくと逆境続きであることが分かります。この記事ではそんな新浪氏の過去の経歴・実績・世間の評判について紹介します。

社長役職メーカー

サントリーの社長は新浪剛史(にいなみたけし)

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新浪剛史(にいなみたけし)はサントリー株式会社の代表取締役社長です。

ここでは新浪氏のプロフィールや、同氏が社長を務めるサントリーホールディングスの基本情報を確認します。

サントリーの基本情報

新浪氏の経歴等を紹介する前に、同氏が社長を務めるサントリーの基本情報を紹介します。

項目

詳細

会社名

サントリーホールディングス株式会社

創業

1899年

本社所在地

大阪市北区堂島浜2−1−40

売上高(百万円)

2,517,258

従業員数

434人(単体)、39,466人(連結)

サントリーは1899年に鳥井信治郎によって設立された「鳥井商店」がもとで、創業当時はぶどう酒の販売を行う会社でした。1937年には現在まで続く日本発の国産ウイスキーの醸造・販売を開始し、1963年にはサントリービールの販売も開始します。

下記の記事では沢山の子会社を持つサントリーホールディングスの中でも、特にグループの中核となる4社を紹介しています。サントリーへの就職・転職を考える方は、下記の記事も参考にして、同社への理解を深めておきましょう。

サントリーの社長 新浪剛史のプロフィール

次に、サントリー現社長の新浪剛史氏のプロフィールです。

項目

詳細

名前

新浪剛史

社長就任日

2014年0月1日

生年月日

1959年1月30日

出身大学

慶應義塾大学経済学部

ハーバード大学経営大学院

家族構成

身長・体重

182cm、96kg

新浪剛史氏は神奈川県横浜市出身の実業家で、現在はサントリーホールディングスの社長を務めていますが、過去にはローソンの代表取締役兼CEOを勤めていたこともあります。

最終学歴も慶應義塾大学と高学歴であり、弟の新浪博士氏は埼玉医科大学で心臓外科医をしており、兄弟ともに実業界・医療業界で活躍しています。

サントリーの歴代社長

サントリーの歴代社長は5人います。

  • 初代:鳥井信治郎(創業者)
  • 二代目:佐治敬三
  • 三代目:鳥井信一郎
  • 四代目:佐治信忠
  • 五代目:新浪剛史

サントリーの社長は、同社の前身である鳥井商事創業者の鳥井信治郎氏から4代目までは全員鳥井家の親族でした。つまり5代目の新浪氏はサントリー初の親族以外の社長です。

また、4代目の佐治信忠氏と新浪剛史氏は、新浪氏がサントリーの社長に就任する前にローソンの社長をしていた頃に出会っており、佐治氏からのアプローチでサントリー社長に就任します。

サントリーの社長 新浪剛史(にいなみたけし)の経歴と実績

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次は、新浪剛史氏の経歴と実績を紹介します。

スポーツ万能だった新浪氏は、高校時代の怪我の経験から経営に興味を持ちました。就職・社長就任後の苦労の時代についても確認してみて下さい。

サントリーの社長 新浪剛史の経歴

まずは新浪剛史氏の経歴を紹介します。

横浜翠嵐高校・慶應義塾大学・三菱商事と経歴は華々しく見えますが、高校時代には怪我で試合に出られない日々が続いたり、就職先では存続が危ぶまれる部署に配属されたりと、その道は平坦ではありませんでした。

スポーツ万能の学生時代・バスケでは国体代表

1959年に神奈川県横浜市で誕生した新浪剛史氏は、幼少期からスポーツ万能で野球・サッカー・ラグビーをしており勉強家というよりは闊達な少年でした。

高校は横浜翠嵐高校という進学校に入学しました。高校入学後は中学から始めていたバスケットボール部に入部し、弱小チームながらも強みに特化した戦略で関東第3位入賞という成績を収めます。

この時の経験からチームワークや戦略の重要性を学び、国体の代表にも選抜されますが、膝の怪我によって裏方に回り、組織運営や予算管理などを経験します。

三菱商事に入社・留学では苦い経験も

慶應義塾大学進学後、20歳の時に米国のスタンフォード大学に留学します。この時の現地の自由闊達な雰囲気や立場に関係なく発言ができる雰囲気に影響を受け、就活では留学制度がある企業への就職活動を行い、三菱商事に就職します。

しかし、配属された部署は入社当時最も儲かっていなかったとされる、砂糖部でした。年間で多大な損失を計上する部署でしたが、ここで三菱商事砂糖部から利益を出すことに成功します。

その後、1991年にハーバード大学経営大学院に進学しますが、現地の優秀な学生を目の前にして「自分ではかなわない相手がいる」という挫折経験もしています。

経歴③業績不振のローソン社長に・佐治信忠氏との出会いからサントリーへ

その後、ダイエーが負債の削減のために三菱商事に売却したローソンの社長に就任します。43歳という若さでの抜擢でしたが、当時は新浪氏も反対するほどローソンの経営は芳しくない状態でした。

このローソン社長就任時にサントリー社長の佐治信忠氏との出会っており、同氏からサントリー社長就任の打診を受けます。しかしローソンの業績・企業価値もまだ改善途中だったため、しばらくは断っていました。

しかし佐治氏からの粘り強いアプローチが実り、2014年にサントリー初の創業家以外の社長に就任します。

サントリーの社長 新浪剛史の実績

次に新浪剛史氏のこれまでの実績を紹介します。

経歴だけを見ると華々しいキャリアを積んでいるように見えますが、新浪剛史氏のサントリー社長就任までのキャリアは三菱商事・ローソンともに逆風からのスタートでした。ここではその状況を打開した実績を紹介します。

①三菱商事砂糖部で初めて利益を出す

新卒で三菱商事に入社した当時、毎年巨額の損失を計上していた砂糖部に配属され、同部署の仕事で中国に出張した際、中国の砂糖の消費量が日本の10分の1であることに目をつけます。

この状況は「おかしい」と思い、今後中国の砂糖の需要が伸びるという仮説のもとにビジネスモデルを構築します。その仮設通りの展開になり、中国で砂糖が売れ始め、三菱商事の砂糖部で初めて利益を出すに至りました。

当時まだ発展途上だった中国と、既に先進国の仲間入りを果たしていた日本の砂糖の消費量の比較から、中国市場成長の蓋然性の高さに気づき、赤字部門を黒字転換させました。

②分権経営によるローソンの売上拡大

もう一つはローソン社長就任当時、経営状態が芳しくなかったローソンの売上を、1.2兆円から1.95兆円まで成長させていることです。

社長就任後まず着手したのがおにぎりの新商品開発で、これまでの商品開発担当者を一掃して新しい開発担当者を設けます。そこから1つ160円以上する高級路線のおにぎりを開発し、売上を一気に改善します。

また業界トップのセブンイレブンとは異なり、国内を7地域に分けて各地に支社を設置しました。

各社に権限を移譲して、Pontaカードの顧客情報を元に各地の細かいニーズへの対応を目指し、サントリーの社長就任前に7000億円近く売上を成長させました。

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監修者プロフィール

三浦拓巳みうらたくみ

1997年群馬県生まれ。20卒として就職活動を行う。就活中はエントリーシート15社中全て通過。大手広告会社志望から一転、スタートアップに内定を承諾。内定後は人材育成会社にて、エントリーシート、面接などの選考対策に従事し、約70人の生徒を担当。自身の就職活動での学びを活かし、教育事業に注力している。